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大阪高等裁判所 昭和25年(ネ)189号 判決 1953年4月28日

控訴人 被告 大阪厚生園長 瀬良好澄

訴訟代理人 沢野信蔵 外一名

被控訴人 原告 花畑角二 外二名

訴訟代理人 菅原昌人 外一名

主文

原判決を取消す。

被控訴人等の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。

事実

控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人等は本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人の負担とするとの判決を求めた。

当事者双方の主張は、左の点を附加する外、原判決事実に記載と同一であるからこれを引用する。

第一、被控訴人等の主張

昭和二十四年三月上旬頃患者用にのみ使用さるべきララ物資である砂糖約三十キログラムが療養所当局によつて不正に使用されている事実を療養所の担当係員から患者自治会食糧部への申告によつて発見し、その他療養所職員の申告に基き療養所当局の数々の不正行為例えば病院用加配米の不正受配、架空職員の計上による給料騙取等のことが確認され、園長及び幹部職員の腐敗綱紀の紊乱はその極に達しこれを粛正しなければ到底国立療養所の本来の目的である療養秩序は確立されないことを痛感し、従来の療養所当局との折衝経過に鑑み入所患者に通知して相互に意思の疏通を図りこの問題に対する患者自治会の態度を決定するため、被控訴人花畑が同月八日同療養所備付の放送機を使用して右不正事実の所内放送を行い患者に周知せしめると共に療養所当局の綱紀の粛正を求めたところ、長谷川園長はこれを国立療養所入所規程第八条第二号に該当するものとして被控訴人三名に対し本件退所処分を言渡したのである。しかしながら、

一、被控訴人東野及び佐野は右放送をした者ではなく、たまたまその場に居合せたにすぎない、また事務室においても他の患者及び職員と共に傍観していたにすぎない。

二、患者の放送機直接使用絶対禁止の指示は右放送当時は有効に成立していない。すなわち、右指示は入所患者心得第一一条が追加制定されて初めて成立したものでその以前においては患者の直接使用は厳禁されていなかつた。そして同条が制定されたのは被控訴人花畑が前記放送した後のことである。昭和二十三年末頃の患者懇談会の席上でなされた療養所側の申入は患者の直接放送を禁止したいとの懇談的申入にすぎず、患者専用の放送機ができるまでは従前どおり放送し患者自治会の厚生部員は日々の献立を放送していたのである。また、控訴人は患者の直接放送自体をもつて指示に違反し退所処分に該当すると主張しているが、かかる強い指示は入所者心得の追加として文書にして、しかも全患者に周知せしめてから後でなければ指示違反として処分することはできない。結局本件退所処分は有効に成立していない指示の成立を前提とするものでこの点においても違法である。

三、被控訴人花畑は私情によつて、または、ためにする目的をもつて前記放送をしたのではない。療養所側の不正行為は前記以外にも、個室使用料不法徴収、人権蹂躪、不正帳簿の作成、賄費の不正処分、患者用衣料の不正横流等数多く、園長自ら与えられた医療行政を乱用したので控訴人花畑は腐敗した大阪厚生園の療養秩序をそのあるべき姿に正し、他の療養所の如く療養に専念することができる所内秩序の維持を希求する純真の動機により療養所当局の不正事実の摘発綱紀の粛正をなさんとしたにすぎない。

四、被控訴人花畑、佐野が療養所側の患者の放送機直接使用禁止に対し、不服従を予言したこと、控訴入主張の日に放送室の扉に入室厳禁の貼紙のあつたことは否認する。仮りにかような貼紙があつたとしてもそれは患者直接使用絶対禁止を告知したことにはならない。

五、本件退所処分に対しては行政訴訟を提起し得ないとの控訴人の主張は時機におくれた主張で訴訟の完結を遅延せしむべきこと明白であるから却下さるべきである。仮りにこれが却下されるべきものでないとするも行政権の行使が許されるのは法規で認められる範囲に限るのであつて、国といえども国民に対し違法に行政権を行使することは許されない。たとえ行政権の行使であつてもそれが違法である限りは国民は裁判所に訴えてその救済を求めることができるとするのが新憲法のもとにおける正しい解釈であり、新憲法第三十二条の規定はまさにこのような国民の権利を規定したものであり、このことは本件のような特別権力関係の下に於ける行政処分においても同断である。

第二、控訴人の主張

一、特別権力関係に基いてなされた本件退所処分に対しては行政訴訟を提起することはできない。すなわち特別権力関係は特別の法律原因に基いて成立する関係であり公法上の特定の目的のために必要な限度において特定の者に包括的支配権が与えられ相手方はその支配権に服従すべき義務があり、その権力に基く処分に対しては法律上特別の定ある場合のほかはこれに対し裁判所に訴訟を提起することができない。そして権力者は相手方に義務違反があるときはこれに対して徴罰を加え又はその関係を解消することができるのであつて、合意に基く特別権力関係においては法律の規定を要せず、相手方の任意の承諾を根拠として当然かかる処分をすることができる。相手方はこれに対し無条件に服従すべき義務がある。被控訴人等が大阪原生園に入所するについてはその自由意思に基き申込をなし、これに対して園長が承認すなわち承諾をしたのであつて、被控訴人等の入所により合意による特別権力関係が成立したのであるからその権力行為たる本件退所処分に対しては訴訟によつてその取消を求めることはできない。

二、放送機は国立療養所大阪厚生園なる営造物を構成する有体物の一で公物であるが、これは元来療養所当局において療養上の事項に関して患者に対し周知せしむる方法として使用せらるべきものであつて患者の自由使用に供せられるべき性質のものではない、またこの器具の使用禁止をわざわざ入所者心得に規則として追加制定すべきものでもない。故に昭和二十三年十二月末の患者懇談会の席上において園長が放送機の直接使用の禁止を指示したことにより国立療養所入所規程第六条の指示として有効に成立している。その後患者が日々の献立を放送した事実はない。入所者心得第十一条を追加したのは昭和二十四年三月五日頃被控訴人花畑及び佐野が療養所側の入所患者に対する放送機直接使用禁止の処置に対しては断乎実力を行使してこれを使用すると揚言したので、これに対処するため制定したのであり且、放送室の扉に入室厳禁の貼紙をした。

三、被控訴人等の放送の動機は純真ではない。

(イ)ララ物資である砂糖の受入数量とせられた量から使用数量を差引き三十キログラム弱が計算上不足していたことは事実であるが療養所当局において不正使用した事実は確認されていない。

(ロ)病院用加配米の不正受配は当時遅欠配のため、やむなく加配米を受け遅配時の患者に対する操作米として患者のため使用したが職員が個人用に使用した事実はない。

(ハ)給料騙取についてはその金員は公務上の旅費療養所用品購人等に使用されたのであつて、職員個人に使用されたことはない。

(ニ)被控訴人等主張の個室使用料徴収は正当な処置であり、その他被控訴人等主張の人権蹂躪の件、不正帳簿作成、賄費不正処分、患者用衣料品横領等の件は被控訴人等の邪推か、軽率又は悪意による虚説である。

(ホ)被控訴人等は療養所職員の腐敗綱紀紊乱を粛正しなければ療養秩序は確立せられないから放送することになつたと主張するけれども被控訴人等の前記放送前において患者懇談会の席上療養所当局の不正事実は一度も問題になつたことはないのであつて、被控訴人等は未確認の事実を流布して社会不安に類する動揺を醸成する計画的悪意に満ちた行動に出たものである。

(ヘ)国立療養所は入所患者又は一部の個々の国民によつていかなる監督監察をも受けないのである。もし被控訴人等がその必要があると認めるときは合規の手段によつて国の監督又は検察機関の職権の発動を求むべきであり、また、全入所患者に周知せしめるには患者会報による等の方法を採ればよいのである。しかるに被控訴人等は療養に専念すべき身分を顧りみず、自ら実力を行使して療養所の秩序を乱し、多数の入所患者に累を及ぼして平穏な療養の妨げとなる行動を実行したものである。

四、仮りに被控訴人等の前記放送の動機が純真なものであつたとするも、元来、国立療養所入所規程第八条は懲戒規定ではなく所内の秩序維持のための規定であるから、その適用について入所患者の行為の動機が純真であつたということは何ら影響はない。

五、療養所長の退所処分の理由はその理由として告知されたものに限られないのであつて、告知されなくても現実に退所処分の基礎となつたものは総てその理由となる。本件においては被控訴人等の放送機冒用、事務室侵入、執務妨害の外被控訴人等が医師看護婦の療養上の指示に従わなかつたこと、しばしば無断外出外泊し、飲酒喫烟をなし、消燈時間後に点燈し、炊事係職員を脅迫し、注射のため看護婦の入室することを拒絶したことなどすべて退所処分の理由となる。

証拠として、被控訴人等は甲第一乃至第十六号証、検甲第一乃至第三号証を提出し、原審証人坂東裕、豊田重夫、頭根敏雄の各証言、原審及び当審における被控訴人三名の本人尋問の結果(当審は第一、二回共)を援用し、乙第一号証の一乃至三第四号証、第六号証の一、二、第十一乃至第十七号証、第十八号証の一乃至三、及び検乙号各証の成立を認め、その他の乙号各証は不知と述べ、控訴人は乙第一号証の一乃至三、第二乃至第四号証、第五号証の一乃至三、第六号証の一、二、第七乃至第十七号証、第十八号証の一乃至三並びに検乙第一号証の一乃至三、同第二号証の一、二を提出し、原審証人高橋源次郎、神藤常治(第一、二回)、大中四郎、山本アキコ、丹羽善松、原審及び当審証人小川米蔵、当審証人門田ハツミ、長谷川卯三郎、相沢正雄、覚野重太郎、山本和男の各証言及び当審における山本和男の控訴人本人としての尋問の結果を援用し、甲第一号証、第五、六号証、第八乃至第十六号証の成立を認め、その他の甲号各証及び検甲号各証は不知、甲第十二号証を利益に援用すと述べた。

理由

一、国立療養所大阪厚生園が昭和二十二年厚生省告示第四七号国立療養所入所規程(昭和二十三年同省告示第二九号をもつて改正)によつて結核性疾患、精神障碍、中枢神経障碍、癩、温泉療養を必要とする疾患の患者を入所療養させる国の営造物であること、被控訴人三名が健康保険、労働者職員共済組合、生活保護法により結核性胸部疾患のため同療養所に入所加療中、昭和二十四年三月十日当時の大阪厚生園長長谷川卯三郎が被控訴人三名に対し「放送機ノ使用ハカネテ厳禁セル旨通達シアルニ拘ハラズ三月八日午前十時三十分前記三名ハ無断ニテ放送室ニ入リ療養所経営問題ニ付キ放送ヲ開始シタルヲモツテ職員ガコレヲ制止シタル処暴力ヲモツテコレヲ阻止シ放送ヲ続ケタル上酒気ヲ帯ビテ事務室ニ這入リ職員ニ対シ脅迫的言辞ヲ弄シ執務ヲ妨害シ著シク事務ヲ渋滞セシメタリ」との理由でこの行為が国立療養所入所規程第六条第八条第二号に該当するものとして退所を命じたことは当事者間に争がない。

二、控訴人は、被控訴人等と控訴人との間に合意に基く特別権力関係が成立し被控訴人等は任意にその権力関係に服従することを承諾したのであるから、その権力行為である本件退所処分に対しては訴訟によつてその取消を求めることはできない旨主張するから、先ずこの点について判断する。

被控訴人等は、右主張は控訴人の故意又は重大な過失により時機に遅れて提出されたもので且これがため訴訟の完結を遅延せしめるから却下されるべき旨主張し、控訴人の右主張は昭和二十七年十二月十五日の当審における最終の口頭弁論期日においてなされたものであるが、控訴人の右主張は法律上の意見であつて、その主張の有無にかゝわらず、裁判所の判断を経べき事柄である。したがつてこれがため訴訟の完結を遅延せしめるものとはいうことはできないから被控訴人等の右主張は採用しない。

そして被控訴人等が国の営造物である大阪厚生園に入所することにより営造物の主体である国との間に特別権力関係が成立し、特別権力関係においては権力主体は公法上の特定の目的に必要な限度において包括的な支配権が附与され相手方はこれに服従すべき義務があるから、この範囲内における権力の発動に対しては、特別の規定のない限り争訟を提起することができるかどうかは困難な問題であるが、少くとも退所処分のごとき被処分者を特別権力関係から終局的に排除するものは単なる特別権力関係の内部的処分ということはできない。従つてその処分が違法である時は相手方は行政事件訴訟特例法によりその取消変更を求めることができ、このことはその特別権力関係が合意に基くと法律の規定に基くとを問わないものと解する。しかして被控訴人等は本件退所処分は営造物権力の限界を超えたもので違法なりとして取消を求めるものであるから控訴人の右主張は理由がない。

三、被控訴人等は先ず本件退所処分は無根の事実に基く違法の処分である旨主張するから本件退所処分の理由とする事実の有無について判断する。

成立に争のない乙第一号証の二、同第四号証、同第六号証の二、同第十五、同第十六号証、原審証人高橋源次郎、同神藤常治(第一回)、同豊田重夫、同大中四郎、当審証人相沢正雄、同覚野重太郎の各証言、原審における被控訴人佐野本人(但し、一部)、当審における被控訴人東野本人(第一回但し、一部)、当審における山本和男の控訴人本人としての各尋問の結果を綜合すると、

(一)国立療養所大阪厚生園においては、入所患者の待遇改善、所内の民主化を目的として入所患者をもつて大阪厚生園患者会(患者自治会ともいう)を結成し、同患者会は厚生園患者会会報を発行して入所患者に配布し、これをもつて入所患者に対し園長の指示の伝達その他各種の連絡をしていた、また、療養所当局と入所患者をもつて随時懇談会を開き、その席上において園長の指示がなされ、また双方の意思の疏通がなされていたこと、

(二)昭和二十四年三月上旬右患者会役員において大阪厚生園保管のララ物資である砂糖約三十キログラムが不足していることを知り、同月八日午前十時過頃同園炊事係について調査したが要領を得なかつたので、右不足は療養所当局の不正によるものとなし、被控訴人三名はこれを全患者に周知せしめるため直に所内放送室に赴き、被控訴人花畑及び佐野は放送室に入り、被控訴人東野は放送室外に立ち、佐野において放送機のスイツチを入れ、花畑においてその放送機を使用して、ララ物資の砂糖三十キログラム不足していること及び療養所当局には他にも各種の不正があるからこれを是正するため全員協力してこれに当らねばならない旨放送した、その間右放送を聞き、これを制止するためかけつけた同園会計係長高橋源次郎は佐野の内部からおしつけていた扉を排して放送室に入り佐野を室外に出し放送機のスイツチを切つたところ、室外に居た東野は直ちに室内に入りスイツチを入れ、かくして再三高橋がスイツチを切るとその都度東野はこれを入れて花畑をして右放送を継続させ、次いで自席に戻つた高橋係長を追つて被控訴人三名は同園事務室(庶務、医務、調度、会計各係職員約二十名が執務中)に入り、当時騒ぎを聞きつけ集つた十余名の患者の前で多少の酒気を帯びていた被控訴人花畑は大声で右高橋に対し放送機の使用を禁止することは言論の圧迫である等申向けて難詰し、更に、同園庶務係員で当時同園従業員組合執行委員長をしていた大中四郎に対し「従業員組合はマイク使用禁止の解除に協力せよ、協力する旨一札書け」等申向け「貴様はダラカンだ」等と罵倒し、事務室内の職員に対し「大中のようなダラカンを委員長に置いておくと君等は喰い物にされる」等申向けその間約三十分に亘り同事務室内の職員の執務を不能ならしめたこと、

(三)大阪厚生園においてはかねてから入所患者に対し起床及び就寝の時刻その他療養所の運営上必要な事項を報知するため放送機を設置し、当初療養所職員(患者係又は宿直員)のみが直接放送していたが、その後入所患者が直接放送することが黙過されるに至つた、ところが昭和二十三年十二月頃には患者の放送回数が多く一般患者の療養の妨げとなるのみならず療養に直接関係のない事項についても放送されることがあり、また当時患者に直接接する職員にはいわゆる危険手当が認められることになつたがその他の職員には患者使用の放送機を使用しなければならない場合でも右手当が認められなかつたため不平の気運があつたのと、患者の使用により放送機および放送室を病菌により汚染する危険があるのでそれを防止する必要があつたこと等から患者の直接放送を禁止することとなり、同年十二月開催された患者懇談会の席上長谷川園長より口頭で患者に対し爾後患者の直接放送を禁止する旨の指示がなされた(この指示は反証がない限り当時控訴人等を含む全患者に伝達されたものと認める)、その後同二十四年一月頃の夜間患者が直接放送して政治的宣伝をしたことが一度あつたが、大体において右指示は守られてきて、同年二月開催された患者懇談会の席上患者側から療養所当局に対し従前同様に患者の直接放送を認めるか、または患者専用の放送機の設置を認められたい旨の申出があり、これに対し長谷川園長は右直接放送は禁止する旨重ねて言明し、患者専用の放送機の設置の申入については後日回答する旨伝え、そしてこのことは同年二月二十五日附発行の厚生園患者会会報に掲載された(したがつて反証がない限り被控訴人等はこの事実を知悉していたと認める。)。ところが同年三月四日頃の午後八時頃被控訴人花畑及び佐野が放送室に入り佐野において放送機を調整し花畑において放送機を使用して直接放送し右禁止の指示に違反したので、翌朝その報告を受けた同園庶務課長相沢正雄は注意を与えるため被控訴人花畑を患者係室に呼出したところ、花畑は被控訴人佐野及び患者の頭根敏雄と共に出頭したので同園覚野技官、奥野患者係長立会の下に相沢課長から右三名に爾後絶対に直接放送しないように注意を与えた、すると右三名は患者の直接放送禁止は未だ決つていない旨申向け更に被控訴人花畑は患者が療養所備付の放送機を使用することに対し療養所当局が干渉することは患者の言論を圧迫するもので承服できない、療養所当局があくまで禁止するならば自分達は実力をもつて断乎使用する旨申向けて反抗的態度を示した、そこで療養所側では同月六日頃放送室の扉に入室禁止の貼紙をなし、更に念のため右放送禁止の指示を文書をもつて明かにすることとなし、入所者心得を追加してその第一一条として「患者が直接放送することは絶対禁止する、患者放送を求めるときは放送内容を記載せる原稿を医務係に提出し医務係においてこれを放送する、但し放送内容は直接療養上に関することに限る」旨制定し同月七日当時の患者会長豊田重夫にその旨記載した文書を交付した(但し、豊田はこの文書を翌八日被控訴人等が放送機使用当時には一般患者に伝達していなかつた)こと、

を認定することができる。原審証人頭根敏雄の証言により成立を認め得る甲第七号証の記載内容及び原審証人豊田重夫の証言、原審及び当審における被控訴人三名の本人尋問の結果(但し、被控訴人花畑及び佐野は当審第一、二回とも、被控訴人東野は当審第一回)中、右認定に反する部分は前示各証拠に照して採用できないし、その他右認定を左右するに足る証拠はない。

すると、患者の直接放送の禁止は昭和二十三年十二月の前記患者懇談会において国立療養所入所規程第六条-療養所長は患者に対して療養上及び診療上又は所内の秩序維持のため必要と認める指示をなすことができる-の指示として有効に成立し、本件退所処分の理由とする事実のうち、右直接放送禁止の指示があるのにかかわらず被控訴人三名が無断で放送室に入り療養所経営問題について放送を開始し職員がこれを制止したところこれを阻止し放送を続けたこと及び被控訴人花畑が酒気を帯びて事務室に入り職員に対し脅迫的言辞を弄し執務を妨害したことは明白であり、被控訴人等の右行為は右入所規程第八条第二号に規定する「第六条の指示に遵わずその他不都合の所為があつたとき」に該当するものと認めることができる。

四、次に被控訴人等は、療養所長が右入所規程第八条第二号により入所患者に退所を命ずるには入所患者の行為が形式的に同条所定の事由に該当するのみならず、その行為が懲戒権その他営造物の内部規律をもつては処置できない程度に重大であり且営造物の目的からみてその処分が憲法の保障する基本的人権を侵害しない場合でなければならない。そうでない場合は退所処分は営造物権力の限界を超えた違法があるというべきところ本件退所処分は被控訴人等の行為を過大評価したものであり、しかのみならず被控訴人等の病状は当時療養を継続しなければならない状況にあり且退所処分を受けた者は再び国立療養所に入所することは困難であるから本件処分は被控訴人等の基本的人権を侵害するものであり、営造物権力の限界を超えた違法である旨主張するから判断する。

(一)一般に営造物主体は営造物の目的達成のためには営造物の利用に対し必要な行為を命じ、妨げとなる行為を禁じ、また一定の場合には営造物利用関係から排除することができる。そして国立療養所は前記のように特殊の療養を要する者に対する医療を行うことを目的とする営造物であつて、国立療養所入所規程第八条は「療養所長は入所患者が左の各号の一に該当するときは退所を命ずることができる。

一、療養所における療養の必要がなくなつたとき、二、第六条の指示に遵わずその他不都合の所為があつたとき、」と規定し、入所患者を営造物利用関係から排除できる場合として右第一号は純医療的見地から、第二号は所内の秩序維持の見地からその事由を定めてあつて、入所患者の行為が右第二号の事由に該当するときは療養所長は退所を命ずることができるのであるが、右第二号は入所患者の指示違反その他不都合な行為が国立療養所の右目的に鑑み同人を引続き所内にとどめおくことができない程度に甚だしく所内の秩序をみだす場合を指すものと解する。しかしながら、指示違反等の行為が右の程度に達したものかどうか、延いて行為者を退所処分にするや否やは、国立療養所長の自由な裁量に委かされているものと解すべきである。けだし右の処分は当該行為の外その者の平素の行状、その病状及びその行為の他の患者に及ぼすべきである。けだし右の処分は当該行為の外その者の平素の行状、その病状及びその行為の他の患者に及ぼすべき影響等諸般の事情と国立療養所の目的に照し、殊に医学的見地からも考慮しなければ到底適切にこれをなし得ないところであつて、これ等の事情は療養所長でなければ十分に知ることができないからである。

もとより右所長の自由裁量といつても、全くその勝手気ままに委せるというものではなく、そこには自ら一定の限度があり、その限度を超えてなされた処分は違法となるものであつて、例えば形式的には指示に反しているが、極めて軽微な行為に対して直ちに退所処分をもつて臨むがごとき、その判断が社会通念から見て、著しく不当なことが明白である場合はその処分は違法であるといわねばならないが、被控訴人等の前記行為に対する本件退所処分は、右にいうような場合に当るものとは認めることはできないし、またこれをもつて国立療養所なる営造物の権力の限界を超えたものとすることを得ない。被控訴人等は、被控訴人等の右行為は、腐敗した大阪厚生園の療養秩序をそのあるべき姿に正し療養に専念でき得る所内秩序の維持を希求する純真な動機から出た旨主張するに対し控訴人は前示入所規程第八条は懲戒規定でないから、動機はこれが適用について何等影響がないと反ばくするからこの点について考えるに、右第八条第二号は第一号と異なりその文言自体より見ても倫理的要素を含み懲戒規定であることは明白であり、したがつてこれが適用については、行為の外形のみならずその動機を参酌しなければならないが又一方本件のように他人の不正行為を所内に公表する場合にあつては確実な根拠に基く責任あることも考慮しなければならない。しかして被控訴人等の前記放送の内容であるララ物資砂糖三十キログラムの不正使用については前記認定のとおり右放送当時において被控訴人等はその不足が療養所当局の不正使用によるものと確認はしていなかつたのであり(なお、当審証人山本和男の証言によると、その後大阪府当局の調査の結果砂糖と小麦粉との包装が同じであつたため受付の際品物を間違えたので計算上砂糖に不足が生じたもので真実何等不足はなかつたと認定されたことが認められる。)また成立に争のない甲第八、九号証によると当時の園長長谷川卯三郎は右放送前不動産横領の事実並びに相沢庶務課長と共謀して給料及び加配米を騙取した事実があつてこれにより相沢と共に起訴され第一審において有罪の判決を受けたことを認めることができるが、その他の被控訴人主張の個室使用料不法徴収、人権蹂躪、不法帳簿作成、賄費不正処分、患者衣料品横領等療養所当局の不正事実についてはこの点に関する当審における被控訴人三名の本人尋問の結果(東野は第一、二回とも、花畑、佐野は第一回)は信用し難く、甲第十号証第十四号証ではこれを認めるに足らず、他にこれを認めるに足る信用できる証拠はない。そうすると右放送は少くとも、その主要な部分であるララ物資砂糖の不正使用の点において真実に反する事実を十分な根拠なくしてなしたものと言わざるを得ない。しかのみならず、当時被控訴人等においてその主張のような不正事実があると信じこれを一般患者に周知せしめる必要があると考えたとしても、かかる事実は厚生園患者会会報によつて周知さす等相当な方法が他にあるわけであつて精神的な安静を要する多数患者の療養している療養所において禁止の指示及び職員の制止に反してまでも放送すべきこととは認め難い。以上の事情を綜合して見ると右放送の動機を参酌しても結局未だ前記認定の被控訴人等の行為に対する本件退所処分は自由裁量の範囲を超えたものということはできない。

(二)次に、前示規程による処分であつても、もとより基本的人権を侵すことのできないことはもちろんであるが、しかし、また退所処分によつて被処分者が治療上ある程度の不利を受けることは、かかる処分に伴う己むを得ない結果といわねばならぬ。国立療養所から退所処分を受けたものが、他の国立療養所に入所することが事実上困難なることはこれを推測するに難くないけれども、その入所が不可能でもないことは当審証人覚野重太郎の証言によつて認め得るように、その後被控訴人花畑は国立大阪療養所に、同東野は国立福泉療養所に入所していることによつて明かである。そして成立を認め得る乙第五号証の一乃至三及び右証人の証言によると本件退所処分当時被控訴人等の病状は何れも中等症であるが必らずしも入院加療の必要のない状態であつたことが認められるので、これ等の事実を合せ考えて見ると、本件退所処分により被控訴人等の基本的人権が侵害されたということはできない。したがつて被控訴人等の本件処分はこの点において営造物権力の限界を超えた違法があるとの主張は採用できない。

そうすると本件退所処分を違法とする理由がないからその取消を求める本訴請求は失当としてこれを棄却すべく、これと趣旨を異にする原判決は不当である。よつて民事訴訟法第三八六条第八九条により主文のとおり判決する。

(裁判長判事 大野美稲 判事 熊野啓五郎 判事 村上喜夫)

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